アルツハイマー創薬の最前線を徹底解説【既存薬/Aβ仮説/新たな仮説/リコード法】

レビュー

こんにちは!科学者パライです!twitterでは酔っ払い化学者と名乗ってます。

あなたの知的好奇心をびしばし刺激する情報を発信していく!

本日のテーマはアルツハイマー研究の最前線だ!

アルツハイマー病の治療薬は世界中で強く望まれている。特に日本では高齢化がガンガン進み患者数は今後増加していく。

下記は内閣府が平成29年に公開した高齢社会白書より引用した65歳以上の認知症患者の予測推移だ。現在と認知症患者の発生割合が同じと仮定した場合がピンクのバーで、糖尿病患者の増加に伴い認知症発生割合も増加すると仮定した場合がブルーのバーだ。いずれにしても増えている。2025年には高齢者の5名に1名が認知症となると予測されている。

内閣府が平成29年に公開した高齢社会白書より引用

という訳で、アルツハイマー病の新薬は強く望まれている!本記事ではアルツハイマー創薬に関する最先端情報を徹底解説していく。

本記事の構成!

本記事

  • まず、アルツハイマー病とは?という序論から入り
  • 現在AD患者さんに使用されている6つの承認薬の作用機序/課題を纏める
  • 次に、アミロイドβ仮説の背景にある科学的根拠/歴史を辿り
  • 過去4年分のAD開発パイプライン解析からAβ仮説への注目度が高い事を確認する。
  • にも関わらず、臨床で失敗続きのAβ仮説を再考
  • 近年、報告が増加している新しい【ポストAβ仮説】を可能な限り網羅する。

ここで小括を置く。ちょっと休憩。相矛盾するデータや新しい仮説が乱立する【カオス】なAD研究の最前線でしばし途方に暮れよう。

最後に重たい腰を持ち上げ、「ADはひとつの病気ではないかも」という新たな視点を入れる事でカオスの中を駆け抜ける事が出来るか試してみる。

  • すなわち、最後の章では、アルツハイマー病を体系的に理解し、個別に治療するリコード法について考察していく。

この記事を読めばAD創薬の過去から未来まで網羅できるように構成されている。

かなりの情報量が詰まっており全部で2万字ある。時間のある時に読むか、興味がある部分を読んで頂ければ幸いだ。

※私はケミストだ。ADに関するテーマにも関わっていない。つまり専門外だ。論文は注意深く読んでいるつもりだが、もし間違いがあったら(優しくかつ大胆に)ご指摘頂きたい。ぺこりm(._.)m

まずは目次!

1:アルツハイマー病とは?

アルツハイマー病は脳の疾患だ。記憶や思考能力が徐々に失われていく。アルツハイマー病情報サイトによると下記の様に説明されている。

アルツハイマー病は、不可逆的な進行性の脳疾患で、記憶や思考能力がゆっくりと障害され、最終的には日常生活の最も単純な作業を行う能力さえも失われる病気です。ほとんどのアルツハイマー病の患者では、60歳以降に初めて症状が現れます。アルツハイマー病は、高齢者における認知症の最も一般的な原因です。

アルツハイマー病情報サイトより引用

以上!後半にたくさん情報詰めているので前半はさっと行くよ!

2:既存のAD承認薬の情報:作用機序と課題

現在、AD治療薬として国内では6剤が承認されている。下記に既存薬の情報を纏めた。

アルツハイマー病情報サイトの情報を基に作成

作用機序

メマンチン以外の既存薬はAChE(アセチルコリンエステラーゼ)という酵素を阻害する事で効果を発揮する。

AD患者の脳内では、アセチルコリンという神経伝達物質が顕著に減少している。じゃあ、このアセチルコリンを分解する酵素AChEの機能を阻害して、脳内のアセチルコリンの濃度を増やしてやれば良いよね、という発想で出来た薬剤だ。

<スズケンDIアワー> 平成23年6月2日放送内容を纏めたHPの図が非常に纏まっていたので引用させて頂く。オレンジのアセチルコリンが多いほど良いがAChEがアセチルコリンをコリンと酢酸に分解している。こいつを止めろ!という感じで機能する。

スズケンDIアワー 平成23年6月2日放送内容より引用

+αでガランタミンには、アセチルコリンがニコチン性受容体にくっつくのを阻害し遊離アセチルコリンを増やす作用もある。

イクセロンにはBuCh分解酵素であるBuChEを阻害する働きもあるが、この作用の臨床的な意義は証明されていない。

AchE阻害剤間の比較

という感じでAchE阻害剤が5つあるわけだが、剤形が異なったり(飲み薬/貼り薬)、患者間で効果が異なったりする。

2011年とやや古いが、3種類のAChE阻害剤の効果を比較した報告がある。

メタ解析では、3つの薬剤が認知機能を改善する効果には大きな違いのないとのことだ。少し面白いなと感じたのは、AChE阻害剤同士を比較した臨床試験では、試験によって結果が異なるそうだ。つまり、ある試験ではドネペジルが良くて、別の試験ではリバスチグミンが良かった、という様に結果に一貫性が無いようだ。

私見だが、同じAChE阻害剤と言っても、薬剤の分子が異なる以上、オフターゲット作用や薬物動態、オンターゲットに対する作用(例えば滞留時間など)すらも微妙に異なるはずだ。 各薬剤が有効性を示しやすい患者を見極める事が出来たなら、既存薬の効果を最大化できるだろう。

既存薬の課題

既存薬は確かに認知機能の症状を改善する。だが、認知症の進行を止め、根本から病気を治すことは出来ない。ADを根本から治す薬剤は未だ存在しない

症状改善と根治の違いは、下記の様な例え話をすると理解しやすいかもしれない。

あなたは自室でくつろいでいる。コーヒーを飲みながら、故郷の空に想いを馳せている。すると、なんかちょっと熱い。部屋の温度が上がってきた様な気がする。「あっ!」という声が隣の部屋から聞こえてきて「なんか、燃えてる!」という叫び声が聞こえてくる。部屋が凄く暑い。こんなに暑くちゃ堪んないぜって事であなたはクーラーをつける。部屋の温度が下がって大層心地よい。なんか隣は燃え続けているけど。

既存薬はこんなイメージだろうか。つまり、既存薬はADが進行していく根本原因に手を打つわけではなく、結果として生じている症状を緩和するものだ。また、コリンエステラーゼを抑制する事でコリンエステラーゼの産生量が増え、休薬するとより状態が悪化してしまうという問題もある。

それでも多くの人に貢献しているので素晴らしい薬剤であることは間違いないが、根本原因を取り除ける薬剤の方がよりベターだよねという話だ。部屋を出て、火を消しに行く必要がある訳だ。

ここまでのまとめ
  • AD患者は今後どんどん増え、2025年には65歳以上の5名の1名が認知症となると予測されている。
  • ADの承認薬は国内に6剤ある。素晴らしい薬剤でAD症状を緩和するが、ADを治すことは出来ない。
  • ADを根治する薬剤が強く望まれている。

3:アミロイドβ仮説の科学的根拠/歴史

という訳で、ADの根本原因を治療したい!というのは多くの科学者の長年の夢だ。多くの夢が語られたが、その中でも真に迫っていたのは【アミロイドβ仮説】だろう。より正確には【アミロイドβカスケード仮説】だ。山ほど実験積み重ねて、頭から湯気が出るほど考えて、アミロイドβという仮説を心底信じて熱狂して、そうやって何百、何千という人達の想いや仕事がこの仮説の上には積み上げられていったのだ。その熱狂の歴史の一端を紹介していく。

今更Aβ仮説なんて…と思うだろうか?

確かに、近年の臨床試験の失敗の連続でAβ仮説に対する失望は広まっている。Twitterで「Aβ仮説」と検索すると否定的なコメントが多い。

だが、ニュースの【たかが数行】を見て全てを決めつけるのは危険だ。実際の臨床試験は複雑で、例えば患者選択や投与タイミングが違えば結果は異なるかもしれない。

謙虚になり、情報を整理し、細かく精査し、自分の頭で考える事が重要だと思うのだ。つまり、ニュースの数行から離れ、科学者たちが積み上げた基礎研究の論文情報にまで遡り、Aβ仮説とは何だったかを確認する作業には価値があると思うのだ。

という訳で、基礎研究にまで遡り、Aβ仮説がどの様にして生まれてきたかを確認していく!

参考にしたのは「The Amyloid Cascade Hypothesis in Alzheimer’s Disease: It’s Time to Change Our Mind」というなかなか長くて気合の入ったレビューと「 アルツハイマー病の病態発現仮説: その Paradigm Shift 」という論文だ。この2つが良く纏っていた。

最初にずばり!Aβカスケード仮説とは!?

ずばり、Aβカスケード仮説は【 最初にアミロイドβ!】という仮説だ。

最初にアミロイドβが脳に沈着する。その結果、リン酸化タウが蓄積して神経原線維変化が起き、最終的に神経細胞が死ぬ。

最初にアミロイドβ!これがアミロイドβカスケード仮説だ。近年、「Aβが最初じゃないんじゃないの?」という報告もあるがこれは後述する。

では、この最初にアミロイドβ!という仮説が提唱されるに至った背景を紐解いていこう。

Aβカスケード仮説が産まれるまでの科学的根拠/歴史

ADが初めて報告されたのは1906年で、ドイツの精神医学者Alois Alzheimerによって報告された。この報告時に、ADの代表的な病理学的所見である【老人班】と【神経原線維変化】が記載されている。

この【老人班】の主成分がAβだ。Aβはアミロイド前駆体タンパク(APP)から2種類のセクレターゼ(はさみの様なタンパク質)によって産生される。その際に沈着しやすいAβ42と沈着しにくいAβ40という2種類のAβができる。老人班には主にAβ42が含まれる。

もう片方の所見である 【神経原線維変化】の主成分はタウタンパク質だ。こいつもADのキープレイヤーとして知られている。

つまり、AD患者さんの脳には【老人班≒沈着Aβ】【神経原繊維変化≒タウ沈着】という2つの病理学的な所見が見られる

最初にアミロイドβ!を示すデータを箇条書きにすると以下の様になる。1,2は文字通りだが、3は「は?」って感じかもしれない。後で詳しく説明するので分からない人は今はスルーでOKだ。

  1. 老人斑は神経原線維変化よりもADに対する疾患特異性が高い
  2. Aβ沈着はタウ沈着に先行する
  3. 家族性ADの原因遺伝子としてアミロイド前駆体タンパク質(APP)および、γセクレターゼ複合タンパク質プレセニリン1/2(PSEN1/2)が知られている。これらの遺伝子変異の結果、Aβ42の産生あるいは産生比率(Aβ42/Aβ40)が増加する。

以下で補足していく。何故、科学者が「最初にアミロイドβ!」と考えるに至ったのか!?

Aβ沈着はタウ沈着に先行する

これは非常に分かり易い。実際にAβの沈着が先に起こるのだ。

実はこの知見を得るのは大変だった。というのは、脳内のAβやタウの沈着を見る技術が当時はなかったからだ。従って、死後脳は見る事が出来たが、生きている人の脳内でAβ/タウの沈着の経時変化を見す術はなかった。

この状況が2012年に変わった。脳内を可視化する技術が発展し、脳内の Aβ/タウの沈着の経時変化を追跡した大規模研究結果が報告された。この報告はAD治療薬開発の歴史の中でも非常に重要な位置を占める。

2012年に報告され大きな反響を呼んだBatemanらによるNew England journalの報告では,常染色体優性遺伝性 ADの未発症キャリア128名で、各種バイオマーカーの変化が認知症の発症にどのくらい先行するか検討している.それによると,CSF Aβ42の低下・PIB-PETで検出されるAβ沈着・ CSFt-タウの上昇・MRIでの脳萎縮・FDG-PET での脳代謝低下・エピソード記憶の低下・ MMSE/CDRで測定される認知機能障害は,それぞれ,推定発症年齢の 25年・15年・15年・ 15年・10年・10年・5年前から始まるとしている.Aβの異常はtauの異常に先行している。

アルツハイマー病の病態発現仮説: その Paradigm Shift より引用(一部改変)

ヒトのAD患者でAβ沈着がタウ沈着に先行する、というデータが得られた。

上記の各種バイオマーカーの動きを直感的に理解しやすい図を引用させて頂く。認知機能障害の20年前にAβが蓄積しだし、続いてタウが蓄積する、そして認知機能障害が出るというモデルだ。

アルツハイマー病の病態発現仮説: その Paradigm Shift より引用

明確に【最初にアミロイドβ!】を示している。

さて、最初にAβが沈着する事がわかった。だが、Aβが【原因】になっているとは限らない。つまりAβはただ単に最初に沈着しているだけかもしれない。

こういう時、科学者は遺伝子変異に注目する事がある。すなわち、AD患者になりやすい人が多く有している遺伝子変異が、仮にAβ沈着に関わるものであれば、Aβ沈着とADの関係性がより補強される。

ADリスク遺伝子の供述「Aβが犯人かもな!」

疾患の原因を考える時に、遺伝子変異を手掛かりにすることは多い。ADの場合、遺伝的にADが発症する家族性ADというのが知られている。

という訳で研究者たちは家族性AD患者さんの遺伝子を調べた。

ずばり結論を言うと、ADになり易い人の遺伝子変異はAβ沈着を引き起こしAβカスケード仮説を指示した。

説明していく。

研究者が家族性ADの原因遺伝子を調べたところ、アミロイド前駆体タンパク質(APP)および、APPを切断してアミロイドβを産生するγセクレターゼ複合タンパク質 プレセニリン1/2(PSEN1/2) が見つかった。

では、APPとPSEN1/2に変異が生じるとどうなるのか?

なんと、より沈着性の高いAβ42の産生あるいは産生比率(Aβ42/Aβ40)が増加したのだ。

つまり、AD患者になり易い遺伝子を持った人では、Aβ沈着が促進され、実際にADを発症する事が解った。

更に、科学者たちはAPPまたはAPP/PS1遺伝子を改変して作成したマウスがアミロイド班を形成し、シナプスを喪失し、記憶障害を示したことを報告した。

更に、この遺伝子改変マウスにおいて、アミロイドβを薬理学的、遺伝的、免疫学的アプローチで除去すると、シナプスの喪失が減少し、記憶障害が抑制された本文にはrescue of memory deficitsとある。rescueの直訳は救済だが、これは抑制という訳で良いのかな?)

基礎レベルでは上記は非常に有力な結果だ。マウスにADになりやすいヒトと同様の遺伝子変異を導入し、ヒトと同様のアウトプット(Aβ沈着、神経細胞死、記憶障害)が観測され、介入によりAβ沈着を取り除くと、記憶障害が抑制されたのだ。

だが、結局は動物実験だ。ヒトとは違う。

ところが、2014年、ヒトの組織を再現したオルガノイドで強いデータが得られた。

ヒト組織でAβはタウのリン酸化を促進する (2014年Nature)

Aβが先!次はタウ!次は神経細胞死!次は記憶障害!というアミロイドβカスケード仮説だが、Aβがタウのリン酸化を促進する事をヒトの神経細胞で確認する事は難しかった

そんな中、2014年に非常に重要な論文がNatureに報告された。

ざっくり言うと、Aβがタウのリン酸化を促進する事をヒトの神経細胞で確認したぜ!という報告だ。

この報告で科学者たちは、家族性アルツハイマー(FAD)変異を有するヒト神経幹細胞由来のオルガノイドを作成した。このオルガノイドはAD患者さんと同様に細胞外のAβ沈着、細胞体および神経突起のリン酸化タウ、ならびに糸状タウの高レベルの凝集体を示した。

β-セクレターゼまたはγ-セクレターゼ阻害剤によるAβ生成阻害は、Aβ沈着を抑制し更にタウのリン酸化も弱めた。

更に、この論文では様々なキナーゼ阻害剤を検討し、GSK3がAβを介したタウのリン酸化のキープレイヤーであることを明らかとした。

という訳で、アミロイドβ仮説にはかなりのサポートデータがある。以上纏めると…

小学生
小学生

ヒトでの観察結果、遺伝子変異情報、動物モデルの結果、およびヒトの神経細胞オルガノイド実験の結果から、アミロイドβカスケード仮説はかなり信憑性が高い仮説だったということだね!

科学者パライ
科学者パライ

え…何の小学生…コナンかな?その通りだよ!

ここまでのまとめ

Aβカスケード仮説は以下の基礎研究データに支えられた非常に有力な仮説だった。

  • AD患者においてAβ沈着がタウ異常や神経細胞死に先行する。
  • 家族性AD患者の遺伝子変異はAβ沈着を促進する。
  • 家族性AD患者の遺伝子変異を導入したマウスはAD患者と同様に神経細胞死・認知機能障害を示し、Aβを除去するとこれらの症状は改善される。
  • ヒトの神経幹細胞由来のオルガノイドでAβがタウのリン酸化に起因する事が確認されている。

ちょっと補足①:【溶けないAβ沈着】と【溶けるAβオリゴマー】

ちょっと補足。これまではごてごてに固まって沈着したAβにしか触れてこなかったが、実はAβはごてごてになるまでに、モノマー、オリゴマーなどの複数の状態をとる。

初期のAβ仮説では、老人班すなわちごてごてに沈着したAβを犯人として考えていた。だが、研究が進むにつれて、実は溶けないAβ沈着よりも、溶けてるAβオリゴマーがより神経に毒性が強い事がわかってきた。従って、Aβ仮説は、Aβオリゴマー仮説として微妙に修正されている。下記はエーザイの「サイエンティフィックミーティング2019」の資料より引用した図だ。非常に分かり易い。

エーザイ サイエンティフィックミーティング 2019 の資料より引用

左側から、APPが2種類のセクレターゼによって切断され、モノマーが生じる。これが重合し、毒性の強いオリゴマー/プロトフィブリルを経て、不溶性のプラークとなって沈着する。

臨床入りしている抗Aβ抗体は複数あるが、各々のAβに対する親和性が異なっており、全て同じではない。

ちょっと補足②:Aβとタウリン酸化を繋ぐ重要なシグナルの解明 (2020, Science Translational Medicineへの報告)

本記事を書いてる途中、Science Translational MedicineにAβとタウリン酸化を繋ぐ、重要なシグナルを見出した!という興味深い報告がされたので、ちょっと補足する。

どうやらノルアドレナリンシグナルが重要らしい

報告によると、Aβオリゴマーはα2Aアドレナリン受容体(α2AAR)にアロステリックに結合し、ノルアドレナリンシグナルを活性化する。その結果GSK3βが活性化されタウがリン酸化されるそうだ。

因みにAβは単独でも【高用量であれば】GSK3βを活性化する。一方で、Aβがノルアドレナリンシグナルを介する場合に必要なAβの濃度は【単独の時の1-2%程度】の低濃度からGSK3βを活性化する。

上記の知見は2つのADモデルマウスとヒトのサンプルで確認されている。

極めて重要な報告だろう。抗Aβ抗体で脳内のAβをせっせと除去しても、ノルアドレナリンシグナルがONであれば、僅かなAβオリゴマーでタウがリン酸化され神経細胞死が促進される可能性がある。

因みにAβ仮説に弱点として健常人の脳にもAβが沈着していることがある。もしかしたらAβが沈着する事に加え、今回報告されたノルアドレナリンシグナルの様な、プラスαがあると神経細胞死に繋がるのかもしれない。

臨床での抗Aβ抗体の連敗は連敗はノルアドレナリンシグナルを制御できていない事に起因するのだろうか?恐らく今後の【ノルアドレナリンシグナルの制御×Aβ除去】というコンセプトの薬剤が臨床入りするだろう(既に入ってる?)。期待したい。

4:AD治療薬の開発パイプラインの解析(2016~2019)

という訳で、基礎研究レベルではアミロイドβ仮説はかなり有力に見えた。ヒトでの病理学情報、遺伝子情報、動物モデル、ヒトオルガノイドでの有効性と証拠は揃っていた。

この結果を反映し、AD治療薬の開発パイプラインはAβ仮説に立脚したものがメジャーである。

実際にデータで確認していこう。

AD治療薬の開発パイプラインの推移(2016~2019)

Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventionsという雑誌から2016年より毎年AD開発パイプラインの状況が報告されている(2016年2017年2018年2019年

AD治療薬の開発パイプラインは大きく3つに分かれ「①認知機能強化」「②精神神経症状および行動症状の治療」「③疾患の治療 (Disease Modifying Therapies:DMTs)」とある。

ADという疾患そのものを治す③:DMTsにここでは着目する

2016年から4年間のDMTsの総数と、そのうちAβ仮説に立脚した薬剤の総数を下記に纏める。2016~2018年の間、全体の5~6割、2019年にはやや下がり、4割がAβ仮説に立脚した薬剤だ。因みに次に多いのはTau仮説に立脚した薬剤で、近年やや増加傾向だが大体1~2割程度だ。やはり、Aβ仮説の注目度が高い事が開発パイプライン数から解る。

2016201720182019
総パイプライン数69737196
Aβ関連39 (57%)37 (51%)49 (69%)38 (40%)

なお、上記の表はAlzheimer’s disease drug development pipeline:2016年2017年2018年2019年のFigure1のドットを、私が目視で、しかもビールを飲みながら数えたものである。念のため各々2回ずつ数えてはいるが、多少の数値の前後はご了承頂きたい。大きくは変らないはずだ。まだビール2本目だ。

2019年の開発パイプラインをより細かく示した図を下記に示す。緑がDMTsだ。最も濃ゆい緑がAβ仮説に立脚した薬剤で、PIIIではDMTsの約半分がAβ仮説だ一方で、PIIにおいては、やや新陳代謝が進み、Aβ仮説のウエイトが下がり【Others:薄い緑】のウエイトが上がっている。

Alzheimer’s disease drug development pipeline:2019年 の図を引用

どうやら、Aβ仮説に立脚した開発パイプラインは近年減少傾向の様だ。

※ちなみに「生物製剤(抗体など)」はほぼAβ仮説に立脚している。一方で低分子は様々なMode of actionを取る。詳しくは原著をご参照下され。

まとめ
  • 2018年まではAD治療薬の開発パイプラインの5~7割がAβ仮説に立脚したものだった。
  • 2019年には4割程度と減少傾向。
  • 特に臨床早期に新しい作用機序を有する薬剤が多く投入されている。

という訳で、多くの企業がAβ仮説に立脚した薬剤を臨床に送り込んだ。さぁその結果は如何に!?恐らく皆さんもご存じだと思うが、科学者たちの期待とは裏腹にAβ仮説は連敗を喫している。

5:アミロイドβ仮説の失敗と再考:カオスの入口へ

Aβ仮説の失敗

Aβ仮説に立脚した薬剤は、みなさんも良くご存じだろうが、連戦連敗の状況だ。

特に、2019年のエーザイ「アデュカヌマブ」のPIII中止のニュースは大きな失望を世間に与えた。

この薬剤は超期待されていた。従って、世間の失望も超大きかった。

アデュカヌマブが何故そこまで期待されていたかについてはこの記事が詳しい。

記事によると、過去のAβ療法に対して指摘されていた3つの失敗要因を「アデュカヌマブ」は克服していると考えられていた

過去の3つの失敗要因とは下記の通り。

  • Aβ除去を評価する系が未熟だった点
  • 病気が進行して神経の脱落が起こってからの投薬だった点
  • 抗体が認識するAβの分子種が違う点

これに対し、アデュカヌマブの臨床試験は

  • 【Aβ除去を評価できた!】:2016年くらいから脳の画像研究やバイオマーカー技術が発達し、Aβの 病態の進行や治療効果の判定を客観的にできるようになった
  • 【対象は早期患者だった!】:AD早期の人や、まだアルツハイマー病とは診断されていないMCI(軽度認知障害)の人を対象として選んでいた。
  • 【アデュカヌマブは神経細胞毒性の強いAβオリゴマーに結合した!】

という訳で期待されまくっていた。

また2016年にNature誌にアデュカヌマブが少数のヒトを用いた試験でAβを用量依存的に減らし、更に認知機能テストのスコアの減少を抑制したという報告がされた。

更に、エーザイと米Biogenが提携した!というニュースもあり、世間のアデュカヌマブへの期待は最大限に膨らんでいた。

そんな矢先、2019年3月21日、バイオジェンとエーザイよりADを対象としたアデュカヌマブの臨床第 III 相国際共同試験(ENGAGE 試験、EMERGE 試験)を中止するというプレスリリースが発表された。

バイオジェン(Nasdaq: BIIB、以下 バイオジェン) とエーザイ株式会社(以下 エーザイ) は、本日、アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI due to AD)および軽度アルツハイマー病患者様を 対象にアデュカヌマブの有効性、安全性を評価する臨床第III相国際共同試験(ENGAGE試験、EMERGE試 験)を中止することを決定したことをお知らせします。本決定は、独立データモニタリングコミッティにより行 われた無益性(Futility)解析の結果、本試験において主要評価項目が達成される可能性が低いと判断さ れたことに基づくものであり、安全性に関する問題によるものではありません。

バイオジェンとエーザイ、アルツハイマー病を対象としたアデュカヌマブの 臨床第 III 相国際共同試験(ENGAGE 試験、EMERGE 試験)を中止 より引用

要は効かなかった、という事だ。このニュースの後、ツイッター上では「Aβ仮説は終わった!」みたないツイートが飛び交った。

さて、アデュカヌマブだが、実はこれで終わらなかった。中止のプレスリリースの約半年後の10月22日、やっぱりアデュカヌマブの承認申請を目指す!というプレスリリースがエーザイより報告された。

このプレスリリースによると2つのPIII試験の結果を再解析したところ、より高用量のアデュカヌマブ投与群がプラセボに対し 統計学的に有意な臨床症状の悪化抑制を示し、主要評価項目を達成した事が判明し、このデータをもってFDAと協議し2020年の早い段階での承認申請を目指すとのことだ。

アデュカヌマブが承認申請されるかはわからない。今製薬業界で最も注目されているニュースの一つだろう。

まとめ
  • Aβ療法はAD治療薬開発において、最も高いウエイトを占めているが、近年やや減少傾向
  • 過去の失敗要因を克服した抗Aβ抗体アデュカヌマブのPIII中止のニュースは世間に大きな失望を与えた。
  • 一方で、アデュカヌマブのPIII試験の再解析により、アデュカヌマブ高用量が効果を示している可能性が示唆された。そろそろ承認申請が達成できたかがわかる。

Aβ仮説の再考:カオスの中へ

という訳で、まだ完全決着はついていないものの、Aβ除去による効果は、当初科学者たちが期待していた程ではなかった

一体何故か?

勿論、それがわかれば苦労しない。当然、答えは無い。ただ、断片的な情報を集めて考察をすることはできる。という訳で情報を気合を入れて集めていくぞ!

Aβ仮説と矛盾するデータは複数ある。主なものを下記に箇条書きにする。

Aβ仮説と矛盾するデータ
  • アミロイド班が無くてもADを発症する事があるNature neuroscience, 2015
  • アミロイド班があっても発症しない事があるNeurobiol Aging. 2009:97名の認知症でない高齢者の死後脳の40%にアミロイド班が見出された )
  • Aβ非依存的/相乗的なAD発症メカニズムが提唱されているJournal of Neurochemistry, 2017:DNA損傷、細胞周期調節の欠陥、ミエリン分解など)
  • Aβ非依存的にタウのリン酸化が起きるNature Reviews Neuroscience. 2020:アポリポタンパク質E/エンドサイトーシス/コレステロール代謝/ミクログリアの活性化などのAβ非依存的なメカニズムでタウがリン酸化され神経細胞死に関わる )

なお、上記の情報はアルハカさんのブログ記事を参考にした。このブログ凄い!更にAβ仮説の矛盾データを知りたければアルハカさんの記事の参照を推奨!

という訳でAβ仮説に関してはポジティブ/ネガティブ情報が錯綜しカオスな状況を呈している。

更に、AD創薬をカオス化させているのは、ADを新しいポストAβ仮説とでもいうべきか、新しい仮説が次々と乱立しているのだ。

一部の読者は現在非常に混乱した状態だとは思うが、最後にはどこか安全な場所に着地しようと思っている。ここでは勇気をもって更なるカオスの中に頭から突っ込んでいこう!

ポストAβ仮説を紹介していく。いざ、更なるカオスの中へ!

6:ポストAβ仮説:カオスの真っ只中へ

ADを従来の見方とは異なった捉え方をする仮説が登場している。(※なお「ポストAβ仮説」という言葉はここで私が作った言葉で恐らく市民権はない)

全てを網羅出来ているかは不明だが、毎朝2時間、主要な科学ジャーナルを目を通している私が「良く見るなぁ」というものを上げていく。メジャーなものは大体網羅出来ているはずだ。

以下の3つが提唱されている。

  • ADは脳の糖尿病という仮説(三型糖尿病)
  • 毒素仮説(歯周病菌など)
  • 免疫系の異常仮説(ミクログリアなどの関与)

これらの仮説は互いに切り離せるものではなく、例えば毒素や糖が炎症に繋がる可能性もあり、互いに密接に絡んでいる部分がある。話を単純化し分かり易くするために別々に説明していく。

ADは脳の糖尿病という仮説(三型糖尿病)

近年、脳内のインスリン抵抗性がADの病理に寄与するという報告がされている。

本記事では2020年初頭に報告された最新のレビューの内容を紹介していく。

ADは脳特異的な【三型糖尿病】だと一部の科学者たちは指摘している。

これまで糖尿病患者はADおよび他形態の認知症を発症するリスクが高い事が知られている。

【3型糖尿病仮説】に関して複数のメカニズムが提唱されている。

  1. 脳内のグルコース代謝の低下(APOE4の関与)
  2. 脳内のグルコース輸送の低下(AD患者で輸送タンパクの欠損)
  3. 脳内の炎症がグルコース輸送を損なわせる

1:AD患者のおよびその他形態の認知症患者の脳をスキャンすると、特定の領域にグルコース代謝の低下が見られる。

更に、マウスを用いた研究によって、認知症のリスクを低減する遺伝子APOE2は脳のグルコース代謝を促進する一方で、リスクを増加させる遺伝子APOE4は逆の働きをすることが解ってきた。

APOE2マウスは老化するにつれ、ヘキソキナーゼという回答に関与する酵素が多く生成され、グルコースから効率的にエネルギーを生成できる。一方で、APOE4対立遺伝子を持つマウスは、ヘキソキナーゼ活性が時間と共に低下するそうだ。これはAPOE4が遅発性ADを誘発するという知見と一致する。

2:脳内のグルコース輸送に関しても研究がなされている。マウスの研究で脳のグルコース輸送が低下するとグルコース代謝が低下する事が報告されている。また人のAD患者のサンプルでグルコース輸送に関わるタンパク質の欠損が見出されている。

3:炎症がグルコース輸送を低下させる可能性もある。神経炎症によってグルコース輸送が障害されるようだ。

3型糖尿病仮説の臨床試験による検証は既に進んでいる。既存の糖尿病治療薬を用いた試験や、食事や運動などライフスタイルへの介入による試験などが進行中である。結果は様々だ。

血糖降下剤ピオグリタゾンを用いた試験ではADによる軽度の認知機能障害の発症を遅らせる事が出来なかったため、2018年にPIII試験が中止された。

鼻からインスリンを投与するPIIおよびPIII試験では、異なるデバイスが使用された。1つのデバイスでは有益そうな結果が出たが、もう一方のデバイスでは有効性はないという、なんともいえない結果になっている。鼻腔内インスリン装置を用いた試験では、脳へのインスリンの到達をしっかり確認する事が重要だ。今後の試験で確認予定とのこと。

また、ケトン食療法でAβを減少し、海馬の血流がよくなり、体全体のインスリン感受性が向上したという結果もある様だ。

ライフスタイルへの介入は恐らく効果はゆっくり現れる為に評価は難しいような気がする。決め手のあるデータが出るまでには時間がかかるだろう。

次のポストAβ仮説にいこう!

毒素仮説(歯周病菌、ヘルペスも!?)

2019年1月に「アルツハイマー病の原因は歯周病菌かも!」という論文が報告されて大いに世間を賑わした。多くの日本語の纏め記事も出ているのでそれらを参考にしたい。

AASJの記事によると、この論文の実験結果はしっかりしているそうだ。私はケミストなのでこういったコメントは大変助かる。内容を抜粋して箇条書きにさせて頂く。

  • AD患者の脳内には健常人に比べ歯周病菌が有するタンパク質分解酵素gingipainが多い
  • gingipainは海馬のニューロン/アストロサイト内に存在している
  • gingipainはタウを切断し、タウのリン酸化、沈殿を促進する(細胞系)
  • gingipain阻害剤は細胞系/マウスにおいて、細胞毒性を低減させる。
  • 論文を報告したCortexymeという創薬ベンチャーは、gingipain阻害剤Cor388を開発し、現在PIIが実施中。ファイザーも絡んでいるようだ。

この記事は2019年1月なので1年が経過している。PIIの結果はいつ頃だろうか?とっても気になる!

***

AD発症にヘルペスウイルスが関与している可能性を示唆するという驚きの報告もある。

AD患者と健常人の脳を比較した結果、AD患者では脳のヘルペスウイルスの値が最大で2倍高かった。ヒトヘルペスウイルスのうち「6A型」「7型」の2種類が特にADと関連している様だ。

更に2020年の年明け早々、このヘルペス仮説のサポートとなりうる興味深い研究結果がNatureに報告された。

AD患者の脳にとある共通のエフェクターT細胞が浸潤していた。なんとそのT細胞はヘルペスウイルス由来のペプチドを抗原をして認識している、という報告だ。この論文ではヘルペスウイルスがADの原因とまでは言及していないが、過去のデータと合わせて解釈すると、ヘルペス仮説に一層の真実性を持たせる結果だろう。

免疫系の異常(ミクログリアなど)

ADについて調べていくと「脳の炎症」が至る所に見られる。その原因は様々だが、免疫系の異常により脳が炎症を起こし、ADに繋がるという仮説もある。

免疫系でキーとなるのは、脳の清掃屋【ミクログリア】だ。ミクログリアはAD患者の脳のアミロイド班の周辺に集積する事が知られている。ミクログリアは食作用を有する細胞で、脳内のごみを排除してくれる重要な細胞だが、バランスが崩れると炎症を引き起こす事が知られている。

ミクログリアがADに関与しているか否かは論争が続いている。

昨年、中国で17年ぶりにADの新薬が誕生するという衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。マウスを用いた研究によると、この新薬は腸内細菌の組成を変ることで、中枢における炎症型ミクログリアを減少させ、認知機能を改善させることが示唆されている。

中国で承認されたAD治療薬の臨床試験結果および作用機序に関しては下記の記事に纏めている。ご参照あれ。

ポストAβ仮説は他にもまだまだある様だ。掘れば掘るほど情報が出てきて眩暈がしそうだ。

調べているうちに白木先生の「難航するアルツハイマー病の治療薬の開発」という興味深い記事に出会った。液液相分離の理解および制御が、今後のAD治療薬開発において重要だろうという仮説を提唱している。

タウタンパク質は凝集体を形成する前に液滴上のドロプレットを形成するそうだ。さらに細胞質のプリオンタンパク質とアミロイドβのオリゴマーが液液相分離するそうだ。これが疾患を引き起こすかは不明だが興味深い知見だ。液液相分離したドロプレットの形成阻害も今後重要な創薬手法となるかもしれない。

小括とラストスパートに向けた準備

という訳で、AD創薬についてAβ仮説の歴史を確認し、臨床結果から現状を確認し、矛盾を確認し、新たなポストAβ仮説を見てきた。お疲れ様です。

一旦休憩して、窓を開けて喚気したり、コーヒーを入れたりしよう。

多くの情報を収集してきた。

ここまでの状況を一言で表すと「わけわからん!」だ。

Aβ仮説は部分的な矛盾を孕んでいるもののしっかりした根拠に立脚してそうだ。だが、臨床は失敗続きだ。そして新しい仮説が次々と飛び出す。互いに相反するものもある。まさにカオスだ。

恐らくこの矛盾やカオスは「ADをひとつの病気」と捉えている事に起因しているのではないか?と感じている。これまでのアプローチは万人に効く治療薬を見出すために、ADをひとつの病気として捉えていた。これが矛盾を産むのではないか?

もしADがいくつもの異なるタイプに分かれているとしたら、全ての矛盾が奇麗に解消されるのではないか?

その様な考えに至った背景はデール・ブレデセン教授の「アルツハイマー病 真実と終焉」(2018)という本を読んだからだ。

この本では【ADの要因となる36個のメカニズムを特定】し、それぞれをマーカーで追跡し、患者ごとにオーダーメード医療を行う【リコード法】が紹介されている。

専門外のド素人の意見として、私はADを分解して考える事の治療法が真に迫っているのではないかと感じる。

注意事項

リコード法がベストな治療法に思えるのは完全に私の私見だ。

私は医者ではないし、ADの専門家でもない。ただの情報収集屋だ。

もしAD患者さんやAD患者のご家族にお持ちの方は、私の情報を参考にしたとしても、最終的な判断はお医者さんなどのプロに相談して決めて頂きたい。

7:新しい理論とリコード法:カオスの中を駆け抜ける

という訳で、最後の章はリコード法について説明していく。

過去の研究はアミロイドβをADの原因因子という視点でのみ眺めていた。

ブレデセン教授の研究がユニークなのはアミロイドβってそもそも健常人の脳で何してんの?という問いから入った点だ。

本来のAβの機能:Aβは3つの顔をもった脳の防御装置

いきなり例え話で恐縮だが、ややフィクションを交えた会社のリストラの例え話は以降の話の理解に有益かもしれない。会社は時にリストラを行う。生き残る為に必要だからだ。

  • 売り上げがヤバい!リストラをする。
  • とある部署が炎上している!人間関係が壊滅状態だ!仕事が全然進まない!こんな時もリストラした方が良いかもしれない。全員くびにして、新人を雇おう。
  • ライバル社のスパイが侵入してきた!誰がスパイかはわからない!大変だ!こんな時もリストラだ!全員纏めて首切っちまえ!

脳でも会社のリストラの様な起こっている。実際の会社はもうちょい人情があるが、脳は効率主義なのか、かなり積極的にリストラを行う。つまり。

  • 栄養素が枯渇した!神経細胞、死ね!
  • 炎症が起きている!回復不能!神経細胞、死ね!
  • 毒素や有害な金属に曝露された!きつい!神経細胞、死ね!

という様な事が健康なヒトの頭の中で日々起きている。この超外資系(!?)な職場環境のお陰で、脳が正常に機能する。

この問題を察知してリストラ(細胞の自殺)を実施する判断を行う【脳の人事部】のトップ、それが【アミロイドβ】だ。

つまり、アミロイドβは外部状況を察知し、脳内の人員整理を行うことで、脳の機能を守っている様だ。時には残酷な判断を行う孤独な部長なのだ。

アミロイドβ部長
アミロイドβ

君の脳の健康は俺に任せてくれ!アポトーシス!

例え話はここら辺にして、サイエンス的な表現に切り替えよう。Aβには脳の防御装置として3つの機能が知られている。

  • エネルギー削減:栄養素の枯渇を察知し、シナプスを減らす。
  • 炎症作用:ウイルス、異物の除去の為に免疫系を活性化し炎症を引き起こす。
  • 毒物の除去:脳中の銅、水銀、またはカビが産生する毒素に結合し無毒化する。

もう少し細かい話をすると以下の様になる。

つまり、APPの切断のされ方によって脳の【生育】と【分解】のバランスがとられている。このバランスを決めている因子のひとつがアミロイドβなのである。APPの切断によって生じるAβはAPPに結合し、分解シグナルを増強する。一方で、栄養因子もAβと拮抗してAPPに結合する。栄養因子が結合した時には生育シグナルが流れる

アルツハイマー病「真実と終焉」を参考に作成

健常人はこのバランスが取れている。何かしらの原因でこのバランスが崩れた時にADが発症するとブレデセン教授は考えている。

では、どの様な時にこのバランスが崩れるのだろうか?何かしらの原因でAβが過剰産生されると脳のバランスが崩れ分解シグナルが優位になる。

アミロイドβ部長
アミロイドβ部長

うがぁぁぁぁぁぁ!!!アポトーシス!アポトーシス!アポトーシス!!!

では、どの様な時にAβが過剰に産生されるのだろうか?Aβの機能は以下の3点だった。

  • エネルギー削減:栄養素の枯渇を察知し、シナプスを減らす。
  • 炎症作用:ウイルス、異物の除去の為に免疫系を活性化し炎症を引き起こす。
  • 毒物の除去:脳中の銅、水銀、またはカビが産生する毒素に結合し無毒化する。

つまり、エネルギーが極端に枯渇したり炎症が慢性化したり毒素への過剰な曝露が起きたときにAβが過剰産生される。このAβの暴走と紐づけてブレデセン教授はADを3つの型に分類する。なお、近年では糖毒性型という1.5型が付け加えられている。

アルツハイマー病「真実と終焉」を参考に作成

これらの3つの型にはそれぞれ特徴があり血液検査等で特定できる。例えば、炎症型はAPOE4遺伝子を有する傾向があり、血中のCRRの増加、IL6の増加、TNFの増加…などなど多くの特徴がピックアップされている。他の型に対しても同様に各々の特徴的なマーカーが特定されている。

また、ブレデセン教授はこの3つの型に繋がる、Aβの暴走の原因となる異なる分子メカニズムをこれまでに36個特定している(現在では50を超えている)。

アミロイドβ部長
アミロイドβ部長

36個も…もうだめぇ…

ブレデセン教授はAD患者間によって、36個の分子メカニズムの破綻している部分は異なっており、個別に対処する事が重要だと考えている。

アルツハイマー病には36の要因がかかわっているとブレデセン氏は言い、「例えて言えば屋根に36個の穴が空いているようなもの。人によって、例えば運動面に大きな穴が空いていて、ほかの面の穴は小さかったりする」と話す。

現在主流の療法は、多くの要因が重なって引き起こされる症状に対して1カ所にしか焦点を当てていないという点で欠陥があるとも同氏は指摘、「製薬会社は1つの穴に対して非常に優れた対処法を開発する。だが効き目がなかったとしても不思議はない」と語った

アルツハイマー治療に希望? 9割の症状改善 米研究 より引用

上記の考えのもと、リコード法ではまずADの型、破綻している分子メカニズムを血中マーカーから特定し、介入を行う。介入方法としては生活習慣の改善や、サプリメントなどが用いられる。ジャンクフード禁止だったり、アルコール控えめ(適量のワインはOK)だったり、なかなかスパルタだが…それでADが予防もしくは治るのであれば価値があるだろう。

実際にリコード法によって10名中9名の症状が改善したという報告がされている。世界で初めてADの症状を逆転させたとして注目を浴びている結果だ。

研究チームは55~75歳の認知症患者10人を対象に、血中のビタミンD濃度の調整、DHAサプリメントの使用、消化器官の健康調整、インスリン値を正常に戻すための計画的な絶食などを組み合わせた療法を実施した。併せて血液検査や脳スキャン、神経心理学検査なども行った。

数カ月後、10人中9人に認知症状が改善したり正常に戻る効果が認められたという。療法を開始した時点で既に重い症状が出ていた60歳の女性だけは、進行を止めることはできなかった。

アルツハイマー治療に希望? 9割の症状改善 米研究 より引用

素晴らしい結果だ。勇気のわいてくる結果だ。

AD研究のカオスを再考する

【ADは1つの疾患ではなく、36個の原因メカニズム】があるという新たな理論を通して、AD研究のカオスを走り抜ける事が出来たのか?再考してみる。

つまり、こういう状況ではないのだろうか?Aβ仮説の暴走によりADが進行するというAβ仮説は真かもしれない。ただ、その背景には36個の異なるメカニズムがあるAβを除去しても根本原因【脳の分解/生育のバランスの破綻の原因】が取り除かれなければ、治療効果はないのかもしれない

また乱立するポストAβ仮説は36個に+αで付け加えられるものかもしれない。つまり。ADが単一の疾患ではないというサポートになっているのかもしれない。

このイメージを図示すると下記の様な感じになる。

アルツハイマー病「真実と終焉」を参考に作成

一方で、説明しきれない矛盾も残る。ブレデセン教授の理論は「Aβの過剰生産」を軸に於いているので、Aβ非依存的なAD発症やタウのリン酸化メカニズムは回収しきれない謎だ。歯周病菌の分解酵素もタウを直接分解する。

だが、「ADは単一の病気ではない」という出発点に立てばこれらの疑問も解決できるのではないだろうか?理論の裾を広げ、新しい知見も含めながら、理論を再構築していけば良い様に思われる。

8:おまけ:科学者パライが完全なる私見でこれからの医療を語る

病気の歴史を辿ると抗生物質の発明で【感染症】を克服した人類は今は【慢性疾患や生活習慣病】に苦しむようになった

感染症を克服するには単純な分子メカニズムを制御すればよかった。細菌の細胞壁生成を阻害すればよかった。

一方で、慢性疾患や生活習慣病は、原因が恐ろしいほどに複雑で個別化されている。ガンなどが良い例だ。

しかしながら、人類は昔の成功体験を引きづって、慢性疾患に対してもたったひとつの分子メカニズム、たったひとつの薬剤を追求しているような気がする。

それは果たして可能なのだろうか?

私は製薬企業に勤務し、たったひとつの薬剤を求めて研究を行っている。

とっても仕事は楽しい。日々、新しい発見や刺激があり、製薬という多くの人の命を救える仕事にも誇りとやりがいを感じる。控えめに言って天職だ。だが、臨床試験の失敗を見るたびに、途方に暮れる事がある。自分がひどく時代遅れになっているような気がしている。

勿論、特定の遺伝子変異に基づく希少疾患においては「たった一つの薬剤アプローチ」は成功を収めている。重要なアプローチである事には間違いない。

ケースバイケースである。全ての疾患に対して、同じアプローチというのは微妙かもね、というのが私の意見だ。

とにかく情報を収集し、考察し、疑う事だろう。

創薬科学者は自分の仮説が間違っていないか?という視点で研究テーマを眺め、視野が狭くなりがちだ。

実は他にも仮説が乱立しているのではないか?というマクロな視点も重要だろう。もし、多くの仮説が乱立していたら、あなたの仮説はあっているが一部かもしれない。大規模臨床でセグメント化が出来なければ失敗するかもしれない。

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以前までは人生の最大目標は「薬を作りたい!」であったが、最近「サイエンスを通して人の幸福に貢献する!」という目標に変えた。幅が出来たわけだね。大人になったよね。おわり。

コメント

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